私のピアノの恩師に 今日 会って来た。
大学時代は、先生のピアノの虜になって、寝ても覚めても ピアノ弾いて、
何とか先生に近づけるように あの音が、あの音楽が、表現できるようにって、
必死でやってた。
がんばれば 何でもできる気がしていた。
何も見えず、ただがむしゃらにがんばって、ピアノ弾いて弾いて、悩んで泣いて
また弾いて、何も見えないけどただ弾いて・・・
でも 私は それを続けられなかった。
がんばってることに疲れて、夢を追い求めることに 勝手に自分で見切りを付けて、
音楽の道をあきらめた。
地元に戻って ピアノの先生になり、そのまま努力もせず、
楽な道へ楽な道へと堕ちていった。
ほんとは がんばり続けたかったんだと思う。
結婚して、子供が生まれて、たまにあの頃の曲を弾くと、
もう弾けなくて、 でも、あの時どう弾いたかは はっきりはっきり覚えていて、
ああ、私は、あの頃に 人生を置いてきてしまった と、
もう戻れないところに来てしまった どうしようもない気持ちが襲ってきて、
涙がぼろぼろ出る。
でも 私は こっちを選んだのだから。
ピアノのことばかり考えていた頃は 苦しかった。
いつも あせっていた。 何をしていても、ピアノを弾かなくては、帰って、ピアノに向かわなくては。と。
毎日 人並みの時間に起きて、 御飯をおいしく食べて、
家族と他愛のないおしゃべりをして、心から笑って、
テレビのくだらないギャグを面白いと思い、今流行の歌も知っていて、
人との会話も自然で、コンパでも 乗りのいい明るい子になって、
彼氏にも 普通に甘えたりできる人になりたい。
ピアノのことばかり考えて、悩んで、自分の世界にいるのは 疲れた!
そう思って、ピアノを勉強し続けるのをやめたくせに、
いざやめると、
悲しくてむなしくて涙がぼろぼろ。
大学卒業前、少しだけ付き合った人がいた。
その人は、医大生で、国家試験に向けて 勉強中。
その人に向かって、「どうして医者になりたいと思ったの?」と質問を投げかけた。
翌日、 彼は 昨日眠れなかった、お前があんなこと聞くから。大体、俺、何で医者になりたいんだろう。といった。
「私は もっとがんばって 大学院とか、その上を目指したりするのが理想。でも、それができなかった。努力を しないことに決めた負け犬。 私が選んだ "実家に帰って 大手音楽教室の資格を取ること"は、逃げ なの。そんな自分がいやでたまらない。あなたは 希望を持って、理想の道を追っているのかどうかを聞きたかった。」・・・それが私の言ったこと。
しばらくして、彼から別れを切り出された。
「俺が昔付き合ってたやつがいて、そいつは、お前が 逃げで受ける 大手音楽教室の 試験を 受けては落ちてたよ。」と言われた。
自分の夢に向かって 努力している人は 美しい。
それがどんなに小さな夢でも。
「逃げ道」なんだ。 これは 私のいいわけであり、負け惜しみであり、、、
そして、 それを 平気で口に出してる私は みにくい。
そういう意味なんだな。
ふられたこととのダブルパンチで、 しばらくは立ち直れなかった。
逃げてきたと思って、就職した 楽器店。
初めて会う幼い生徒たち。
これが 思いがけず、かわいかった。
かわいくてかわいくて 一人ひとり 抱きしめたくなる かわいさ。
私は 卒業後の 負け犬な自分のことなど忘れ、生徒に教えることに 没頭した。
毎日 どうやったら あの子が楽しく レッスンに通えるか、どうしたら あの子が上手に弾けるか、・・・そんなことを考えるのに夢中になった。
レッスンが楽しくて楽しくて、 生徒にも それが伝わり、
どんどんどんどん入会者も増えた。
ああ、すみません。
書くのに疲れた・・・
まあそんなこんなで、その充実レッスン生活も、結婚、出産で また崩れてしまい、
しかも切迫流産(計3回流産した)などで、楽器店もやめるはめに。
細々と なんとか絶やさずに しがみついて、自分の レッスン場の生徒を少しずつ
教え続けていたらば、
2人の子供も 大分大きくなってきて、
なんだか自分のピアノを弾く時間や 心のゆとりまで出てきて、
そうなってみましたら。
なんだか ピアノを弾けるこの状況が うれしくてうれしくて、
「弾かなければならない」が、「弾きたい」になってることに気づきました。
なんだか 自分の意志で、初めてやってる感じがしてうれしくて、
で、今日の先生の言葉。
現在64歳。
「僕は 今ようやく 入り口に立ちました。」
弾けない曲はなくて、そのどれもがすばらしくて、すごい芸術性の高い、演奏でありながら
入り口。
そして、 これからの人生の目標として、
「単純性」
これを目指していると言われました。
先生の弾いているのを見ると、あっちからこっちから むこうから いろんな場所から
フレーズが湧き出して来て、とても不思議。心に 不思議に響き、心のつぼのようなものを
じかに 突いてきます。涙が 知らない間に 出てくるのです。
たった一つの鍵盤を 先生がならしただけで、 この世のものとは思えない音がするのです。
でも、先生の動きも 何もかも 作為的なものがないのです。
「先生の弾いてらっしゃるのを見る限り、なんでもないことをやってあるようにしか見えません。私にもできる気がします。
でも、やってみると、まったく 真似できない。先生の その音楽の作り方と、その技術の使い方が あまりにも自然すぎて、 見抜けない。」
先生は、 それを「単純性」と 言われました。
そこにたどり着き、身につけるのに 並々ならぬ努力がいるんですよ。 とも。
その後弾いた私の たった一小節を聴いて、
先生は、「32歳。まだまだあなたも お若いですね。そんな弾き方をしちょる。」と
行って、とうとうその先は弾かせてもらえませんでした。
私は、 大学卒業時、 「逃げ」ずに 努力の道を選んでいたとしても、とうてい 先生の域には 達せなかったのだ、と 今日 はっきりと思いました。
そして、明るく、
家族もいて、ピアノも弾けて、こんなすごい先生に 直接習える 主婦生活、
素敵。
よし、がんばろうって
思いました。
大きすぎる夢に たどり着くのもいい。
生まれ変わったら、そんな人生も歩んでみたい。
でも 苦しまないで 今を楽しむってのも いいし、それが私にはあってるのかな・・・
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